にんにくのにおいは、外敵からの自衛手段
にんにくは健康に良さそうだ、とわかっているものの「あの独特のにおいがどうも…」と敬遠している人は少なくないのではないでしょうか。しかし、にんにくにとってあのにおいは非常に大切なもの。微生物や昆虫、他の動物といったさまざまな外敵に食べられないようにするために、自衛手段として編み出されたのです。
虫が一口にんにくをかじったとしましょう。すると、にんにくの組織や細胞が破壊され、アミノ酸と酵素が反応します。そして数秒以内に刺激の強いにおいの成分=アリシンを放出することで、敵を撃退するのです。この働きのおかげで、にんにくを冒す菌類やにんにくを好んで食べる動物が少なく、外敵から身を守ることにつながっています。
アリシンが発生するのは、にんにくの傷ついた部分だけに限定されていて、虫を追い払ったり殺菌したりする役目を終えると、にんにくから離れていきます。また、傷口のアリシンは刺激のないスルフィドという成分に変化し、やがて飛散したり吸収されたりしていきます。畑で風にあおられたりして葉が折れた部位にもアリシンが作られるので、強風のあとににんにく畑を訪れると、餃子のようなにおいが辺り一面に漂っていることがあります。
調理の仕方によって、つくられる成分が変わる
このように強い力を持つにんにくですが、「調理の仕方によって、つくられる成分の種類も量も異なり、作用も異なる」ということがわかってきたため、にんにくの利用には工夫が求められるようになってきたのです。
例えば、硫化アリルはにんにくの細胞を破壊しないと生まれてこない成分です。ですから、丸ごと加熱調理するよりも、包丁で薄くスライスしたり、おろし金ですりつぶしたほうが多くの有効成分がたくさん出て(質と量とが上昇する)、効果が高まります。
スライスやみじん切りしたにんにくを油で炒めると、油がにおいの発生を抑えてくれます。また、にんにくを油溶かし(オイル・マセレート)するとアホエンという物質がつくられますが、この物質にガンを押さえる働きがあるとわかり、注目を集めています。
加えて、にんにくをスライスすると含硫アミノ酸が変化して生じるニオイ成分が、血小板の機能を抑えてくれることもわかってきました。
最近では、殺菌、抗血栓、抗酸化、抗ガンなどの機能とにんにくの成分を結びつける科学的な試みが進んでおり、「この機能であれば、にんにくはこのように処理(調理)しなければならない」というようなアドバイスにもつながっているのです。
求める効果に合わせて、食べ方を工夫
加工法や調理法によって成分に違いが生じ、効果も違ってくるということは、「にんにくであればどのようにして食べても体に良い、というわけではない」ということです。
●殺菌効果 → 生のにんにくをスライスで。
●抗血栓・抗酸化・強壮作用 → にんにくのスライスをサラダ油に入れる。あるいは、つぶしてから炒めたり、鍋料理などに使う。
●強壮作用 → にんにくを酢漬け、アルコール漬け、ハチミツ漬けに。
●体温上昇・強壮作用 → にんにくをよく茹でてからつぶして、料理に使う。
★にんにく料理のコツ参照
など、求める作用によって食べ方が変わってきます。なぜこのようなことになるのかというと、にんにくが持つ数種類の成分は、加工法や調理法によって形を変え、数十種もの二次的な成分を生み出すからです。最後のにんにくの加熱料理は、アリインという成分をにおいのアリシンにしないようにして封じ込めることによって、食べやすくしている料理法です。このようにしても、アリインが体内で有効な成分に変わることが確認されています。
にんにくはにおう、におわないにかかわらず作用が強いので、食べ方にも注意が必要です。空腹時に、にんにくだけ食べることはやめて、ほかの料理と一緒に食べましょう。また、一度食べると2日間ほど効果が持続しますから、食べる目安は2〜3日に一度、1〜2片が目安。食べ過ぎると胃が荒れるので、特に胃腸の弱い人は少なめを心がけるようにしてください。
日本人が明らかにした、にんにくの成分と働き
にんにくの成分と効果を明らかにしようという研究は、1950年代以降から広く行われるようになりました。特に、1960年代から1980年代にかけてインドの学者たちがにんにくのさまざまな作用を発見したことで注目されるようになります。
日本でも20世紀中頃から研究が盛んになり、京都大学の藤原元典博士らによる研究が大きな功績を残しました。にんにくのニオイ成分・アリシンとビタミンB1が結合した物質であるアリチアミン(にんにくB1活性持続性ビタミン)を発見したのです。
ビタミンB1は、体内で炭水化物を材料としてエネルギーを発生させる過程に不可欠な栄養素ですが、水に溶けやすいため失われやすく、体内での吸収がきわめて悪いビタミンです。玄米や豚肉、しいたけ、そら豆などで大量に摂取しても、一回に10 mg程度が吸収されるだけで、あとは尿から排泄されてしまいます。ですから、毎日のこまめな摂取と、ビタミンB1をスムーズに吸収する作用のある食べ物を摂ることがビタミンB1欠乏対策では重要なのです。
藤原博士は、アリシンにビタミンB1の吸収を助ける作用があることを解明しました。そして、両者が結びついてアリチアミンになると、ビタミンB1は油に溶ける性質(油溶性)を獲得し、すみやかに腸から吸収されるようになることがわかったのです。
伝統的な「にんにく卵黄」の秘密を科学的に分析
近年の研究によって、伝統的なにんにくの食べ方の効果についてもさまざまなことが明らかになってきました。江戸時代後期から明治にかけて滋養強壮の秘薬として考案され、今日まで愛用されている「にんにく卵黄」も、科学的に分析されています。
にんにく卵黄は、にんにくをよく茹でてからつぶし、卵黄を混ぜて煎るようにして水分を飛ばしてつくります。にんにくの含硫成分はアリインとGSACと呼ばれるアリインの前駆物質で、そのほかは繊維、炭水化物、タンパク質などの一般成分です。一方卵黄はタンパク質、レシチンを多く含む脂質、微量ですが貴重な脂溶性のビタミンA・Dを含みます。レシチンは加齢に伴って血管壁に着いて動脈硬化の原因となるコレステロールなどを溶かし出す作用があります。その結果、動脈硬化を防ぐことになるばかりか、不眠症や精力減退に対して改善効果を現すことになるのです。 にんにく卵黄の機能としては、アリイン、GSACおよびレシチンによる神経刺激と糖・脂質代謝の活性化、血管の若返りなどが挙げられます。もちろん、卵黄は、偏食・小食の人の思わぬアミノ酸・ビタミン欠乏を補うのに役立つでしょう。
このように、人類の歴史とともに「体に良さそう」とされ、取り入れられてきたにんにくの秘密が、科学的な分析で次々に明らかにされています。いまだ知られていないすごい機能が、今後見つかるかもしれません。
監修:医学博士 有賀豊彦(ありがとよひこ)
日本大学名誉教授/医学博士/健康家族顧問
1980年よりにんにく研究を開始し、1981年にはにんにくオイル中から抗血小板成分としてMATSを発見し、英国の医学誌「ランセット」に発表。以後抗ガン作用の解明を行うなどして、多数の学術論文を発表し、にんにく研究の第一人者として活躍している。
2022年春、「瑞宝小綬章」を受賞。