にんにくは、一般的に“スタミナ食材”のイメージが定着していますが、刻んだり、すりおろしたりするときに発生する成分「アリシン」に強力な抗菌・殺菌効果があることでも知られています。
その効果・効能は微生物全体に及び、カビ、細菌、酵母などに対して有効であることが確認されています。
今回は、にんにくの抗菌・殺菌作用について詳しく解説しましょう。
香味野菜独特の味とにおいの正体
にんにくの属するネギ属(アリウム属)植物は、近年のDNA分析による分類法で、ユリ科のネギ属ではなく、ヒガンバナ科のネギ亜科に属すことが決定されました。
このネギ属植物にはにんにく、タマネギ、ネギ、ニラなどが含まれ、香味野菜として扱われ、その独特の味とにおいから薬味や料理の大切な素材として使用されています。
ネギ属に共通する成分として、植物体を構成している難分解性の、いわゆる食物繊維「多糖類フルクタン」が挙げられます。
フルクタンは、摂取されると胃を経て小腸から大腸へと分解されないまま送られて行き、大腸の細菌たちの餌となって腸内細菌を増やします。そして、大腸壁を押し広げることで排便を促し、整腸作用を発揮することになります。
フルクタンを餌にして増殖する腸内細菌は、酪酸、プロピオン酸、酢酸などの「短鎖脂肪酸」を生成し、ミネラルの吸収を促したり、糖尿病やがんを防いだりしてくれる機能成分です。
にんにくの香り(におい)の成分は、イオウ原子を含んでいるアミノ酸ですが、通常は細胞の水分中に溶け込んでいる(飛散しない)ため無臭です。
しかし、害虫や調理などによって傷つけられると、アミノ酸が細胞から流れ出て「アリイナーゼ」という酵素と出会い、イオウを含む臭気成分として飛び出てきます。
ネギ属植物に共通しているのは、このようなイオウ成分を、自分たちの植物体を守る、いわゆる“防衛の道具”として蓄えているところです。
中でもにんにくは、その道具の質・量ともに群を抜いて強力にして、高濃度です。におい物質の生産から殺菌・殺虫作用まで強力で、ネギ属ばかりでなく、その他多くの野菜を含め、他の追随を許さないと言っても過言ではありません。
にんにくの殺菌作用成分「アリシン」
にんにくは、葉や球根(正確には鱗茎という茎)が虫や動物によって傷つけられたり、カビや細菌に侵されたりすると、その対抗策として損傷部位に限って「アリシン」を生成・放出します。
にんにくの殺菌作用は、このアリシンによって発揮されます。そして、アリシンは傷口の殺菌・消毒を終えると、自らの力で自己の組織や細胞を傷めないように空中に飛散していきます。
私たちがにんにくを料理で使うときは、カビや害虫が傷つけるのとは違って、スライスしたり、つぶしたりするので、アリシンの生産は最大に達し、強烈なにおいとピリピリする刺激に襲われることになります。にんにくの水抽出液(にんにくに水を加えてつぶすことで得られる)は、強い殺虫・殺菌作用を示します。その殺菌作用や動物忌避作用に加えて、病魔を追い払う力となったことは言うまでもありません。
古くから、にんにくさえあれば、傷口に塗り付けることで膿まずに済んだり、つぶして水で薄めた液を飲むことで腹痛が治ったりと、にんにくの薬餌としての利用は人々の生活の中に浸透していたと言えます。
私たちの身の周りには、にんにくの仲間であるネギ属野菜の他にも殺菌作用を示す野菜として、ワサビやショウガなどが存在します。それらの中でも、にんにくは薬効が優れているうえに、他と比べて非常に作りやすい野菜です。
なぜならば、にんにくの種子(たね)は、にんにくそのものだからです。
つまり、「にんにく→開花→受粉→種子形成→発芽→にんにく」という繁殖法ではなく、「にんにく→発芽→にんにく」という栄養繁殖の方法によって増えるので、鱗片1個を植え付けると鱗片6個から10個のにんにくとなり、安定して収穫できるのです。しかも、含有成分なども親(植えた鱗片)と全く同じになるのです。
ワンポイントコラム
エジプトのピラミッドの壁画には、にんにくが小さな円い器にきれいに盛られ、鳥や大根などの食べ物と一緒に描かれています。にんにくが傷口の消毒ばかりでなく、食べ物として、肉のにおいのマスキングと防腐にも使用され、当時の人々の生活に不可欠な品であったものと推察されます。
にんにくが病魔に対して、これを押しのけたという逸話は、「ドラキュラ」をはじめ数多く存在しますが、最も強くその力を示している話は、1771年フランスのマルセイユに大発生した黒死病(ペスト)を防いだというものです(年代には、14世紀から16世紀にかけてなど諸説あります)。
4人の盗賊は、死人の家に泥棒に入ることを重ねていましたが、ついに捕らえられてしまいました。死体の処理に困っていた役所は、彼らにその仕事をさせることを思いつき、どうせ彼らもペストに感染して死ぬであろうと半分期待していたそう。ところが、彼らは大変元気に仕事を続けていました。なぜだろうと、減刑を条件に問いただすと、彼らはにんにく入りの酢を飲んだり、肌に塗ったりしているとのことでした。この酢は、“四盗賊の酢”という名前で、消毒剤として薬局で販売されていたそうです。現代版の四盗賊の酢には、にんにくのほか、ミント、セージ、タイムなどのハーブも加わり、飲料や塗布薬、塩の着香料などとしてフランスとイタリアで使用されているそうです。
参考:E. Block、The Chemistry of Garlic and Onion, Scientific American, April 1985, 252, pp114-119.
アリシンの抗菌・殺菌力
「アリシン」は、にんにくを切ったり、すりつぶすことによって、にんにくが作り出すイオウを含む刺激物質です。この刺激物質は、におい刺激と痛みを伴う化学刺激であり、動物は逃避し、微生物は死滅するほどです。
結核菌や肺炎菌などを殺菌するために使用される抗生物質は、感染して、発病した患者によく効くようにつくられているのですが、目的とする菌が異なっていたり、変化したりしているとほとんど効かないのです。
一方、アリシンはどの菌にもくっついて殺菌するという、優れた性質を持ち合わせています。
この万能と思えるアリシンの行動ですが、細菌とアリシンとの間にタンパク質などがあると、そのタンパク質にくっついてしまって菌に着くことができず何もできません。
私たちは、アリシンが好んで結合するタンパク質の構成要素が、「システイン」というアミノ酸であることを確認しました。
ですから、にんにくのアリシンを殺菌のために用いる場合は、にんにくをすりおろしてから、きれいな水で薄めて、そこに手や汚れたものを入れて殺菌する方法や、口の中ならば数回うがいをすることで、その目的を果たせると考えられます。
抗生物質のように、注射によって、目的の患部まで到達して殺菌効果を表すことは、アリシンには少し無理なようです。
ただ、にんにくは、肺炎には無力かというと、決してそうではありません。効かせる方法があるのです。 それについては、後日、お話しすることにいたしましょう。
アリシンの殺菌力は水虫にも効果がある
私は、夏になると足の指間に水虫が現れ困っていましたが、にんにくで治療するようになって、いつの間にかここ十数年、その症状は現れていません。
方法は簡単で、にんにくをすり下ろしてから、多少の刺激はありますが、箸の先でそれを患部につけ、10分後に洗い落とし、さらに石鹸で良く洗って終わりです。私の場合、1週間後にはすっかり治っていました。
このメカニズムは、アリシンは低分子化合物であり、指の間に伸ばしている水虫菌の菌糸にまで浸透して殺菌していると考えられます。
注意点としては、皮膚炎を起こさないようにするため、患部は足だけにして首など柔らかいところへの塗付は絶対に避けることです。
このように、にんにくは身近にある「おいしい食材」でありながら、かつ「薬」のようにも利用できる強力な抗菌・殺菌作用も備えています。
その強烈で独特なにおいにはきちんと意味があるのです。
古来より滋養強壮などさまざまな薬効を発揮し、また料理から治療まで活躍するにんにくはまさに万能な野菜と言えるでしょう。
監修:医学博士 有賀 豊彦(ありが とよひこ)
日本大学名誉教授/医学博士/健康家族顧問
1980年よりにんにく研究を開始し、1981年にはにんにくオイル中から抗血小板成分としてMATSを発見し、英国の医学誌「ランセット」に発表。以後抗ガン作用の解明を行うなどして、多数の学術論文を発表し、にんにく研究の第一人者として活躍している。
2022年春、「瑞宝小綬章」を受賞。